(追記あり)促音や撥音の難しさって?

Q. 閉音節言語の話者にとっては促音や撥音が区別し辛いとのことでしたが、逆の開音節言語の話者は閉音節言語を聞くにあたって区別できない点はあるのでしょうか。また、カッターという単語において、音節が(カッ・ター)と分けられた場合、一音節の最後は母音で終わってないように感じるのですが、どうしてそこを区別することは難しいのでしょうか。

A. 閉音節言語の話者にとって難しいのは促音・長音・撥音を「聞き分ける」ことではなく、「自分で発音する」ことについてです。たとえば「カッター」は「カッ」で1拍2モーラ、「ター」で1拍2モーラとなりますが、それらに十分な長さを与える(トータルでは「カ」や「タ」のおよそ倍の時間をかけて発音する)という感覚が掴みにくいわけです。

たとえば英語話者にとって”cut”と”cunt”では(nの音の有無が区別され)各々異なる意味を産むことになりますが、どちらの単語も発音するのにかかる時間はほぼ変わりません。翻って日本語の「撥音」とは”n”だけで一定の時間を確保しないといけないものであり、その感覚は多くの英語話者にとって理解しがたいものがあります。そのため、自分で発音するうえでは日本語らしく十分な長さを取ることが難しくなります。「促音」についても同様ですが、「長音」に関するところでは”cut”と”cart”など母音の長短で意味が異なる例も広く認められ、他2つに比べれば多くの言語の話者にとって習得に支障はありません(朝鮮語については母音の長短が区別されないため、授業で扱った「カタ」のようなことが起こってしまうのですが)。

「カッ」は、お察しのとおり子音で終わっています。促音は日本語において数少ない閉音節の一つをなすものに位置づけられることになります。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です